赤土地べたの散歩コース![]() ○代官町通りの開通 本丸地区、西の丸地区、そして北の丸地区をこの代官町通り(旧松原小路)で二分し、末端が千鳥ヶ淵によって行き止まりとなっていました。このため、当時は神田や麹町方面の住民は急坂の多い皇居を迂回していたわけです。一時期、時間を決めて、竹橋、半蔵の両門を開けて通行を許可されたこともありましたが、明治33年頃に代官町通りが突き当たる千鳥ヶ淵を埋め立てて濠を二分し、現在の内堀通りにつながりました。この通りの開通がもたらした経済効果は、計り知れないものであったといえます。 |
| ⇒ 明治の象徴的建築美・レンガ造りの工芸館 |